法事にて

午前中、市内N家一周忌法要。午後同じく市内T家満中陰法要。その後引き続いて丸岡町にてO家満中陰法要。両家とも今日が満中陰ということは、葬儀が同じ日だったということ。(葬儀2件) 千福寺で日に二件の葬儀が重なるというのは、めったにないこと。あの日移動を含め、忙しい一日だったことを思い出した。

ところで、O家の喪主を勤められた息子さん、前住職の通夜にお参りくださっていたが、その時の印象を話してくださった。鹿児島から来られた住職の従兄弟さんの法話で、「人が亡くなってゆくことを「不幸なこと」ということを止めませんかと言われたことが非常に印象深く、また本当にそうだという思いで聞かせていただきました。残されたものの悲しみや寂しさは当然のことながら、人がその人生を終わってゆくことを不幸ということばでくくってしまっては、人は不幸になるために生きていることになる。それを超える道を仏法に聞いてゆくことの大切さ」などなど。

通夜に参列された方からこんな感想をお聞かせいただけることは、何にもましてあり難くとうといことだ。Oさんも、先だって送られたお父上のご逝去を、生きるということそして死ぬということに真向かいになるご縁と受け止めておられるからに違いない。これこそが亡き人の私たちにかけてくださってある願いのはたらきそのものなのだろう。

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