鯖江K家25回忌法要

午後、鯖江のK家の25回忌法要を勤める。昔ながらの立派な木造の座敷と仏間。当主は冷房のないことをしきりに恐縮されるが、庭には打ち水、噴水などありなかなかの風情。しかしこの暑さはやはり異常だろう。

読経しながら、故人(ご母堂)のことを思っていた。記憶に間違いがなければ、お亡くなりになる数日前、この地区の尼講に呼ばれてお勤め法話をして、一緒にお斎を呼ばれた。隣に座られたのがそのお母様。お寺へもよく参られ、福井に来てまだなかなかなれない自分に優しく何くれとなく接してくださった。

その尼講から日を置かず急逝されたことなど思いだして、法話の後ご当主に訊くと「そうです。住職が尼講にこられ横で一緒にお斎を呼ばれたその翌々日に、脳出血で倒れて往生したのです」とのこと。

振り返れば、あれからもう24年。やはり人生の持ち時間は決して長くない。「持ち時間切れたでー」と言われても、「名残惜しいですが、帰るところだけはちゃんと聞かしてもらいましたでな」といえる死生観だけは確立しておくのが自分のいのちに対する責任、などとあらためて考えさせられた。

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