十三日講

腰痛にまだくるしめられているのだが、少しばかり動けるようになったところで、どうしても今日の法事は自分が勤めなければならない。

午前中一軒、午後一軒。その後報恩講廻りが二軒あったのだが、こちらは連休で帰省していた三男が勤めてくれることになった。三男はお参りはさせてもらうが、法事となると法話をしなければならず、それはまだ自分には荷が重いという。まあ報恩講廻りだけでも勤めてくれるのはこの体ではあり難いことである。しかしいずれは法話をご法事の席でしなければならないときが来ることは間違いないのだから、その覚悟はぼちぼちしておくようにとつたえてある。

夜、市内S町の「十三日講」の法話に赴く。世話役のTさんは千福寺のご門徒ではないが、あるご縁から千福寺にもご夫婦でお参りくださるようになった。そのご縁でこの5年ほどこの時期に法話に寄せていただいている。事情をお話して今晩は椅子に座ってお取次ぎ。

こうした在家のお講の法座がかつてはたくさん開かれていた。こうした在家法座の伝統は御法義地の土徳ともいうべきものであり、大切に護り伝えていただきたいと思う。 最後に恩徳讃を皆さんと一緒に歌い法座を終了。来年のお約束までして帰山。

少しづつ、少しづつではあるが腰痛も緩和してきているようでだ。

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T家の玄関にかかっていた十三日講の提燈。

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