報恩講式文

午前中報恩講廻り四件。二軒目のT家。3人のお嬢ちゃんが上手にお正信偈のお勤め。聞けば若奥さんの実家の菩提寺K寺様の子供の集いに今年も参加されたという話。実家のおばあちゃんが仏法を喜ばれる方でお手次ぎのK寺様へ足げくお参りされるそうで、そのおばあちゃんに誘われての参加だそうだ。とうといご縁である。

というわけで3人揃ってのお勤めの様子を再現すべくカメラに収まってもらった。

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午後隣寺のS寺様報恩講に出仕。千福寺の寺院同士の報恩講のお付き合いはこのS寺様からスタートする。いよいよ今年も始まったなという実感が湧いてくるのは、このS寺様でお導師されるS縁寺様の『報恩講式』を拝聴するときである。

丁寧に気持ちを込めて拝読されるS縁寺様の『報恩講式』は本当にあり難いと思う。出仕する僧侶の気持ちの中に、御開山のご恩とお徳をこうして今年も讃えさせていただくことの喜びがなければ、報恩講という行事は単にこなすべき年間行事の一つのものでしかなくなる。一人でも多くのご門徒とこの喜びを共有したいという願いがあればこそ、決して楽ではないこの行事をつとめることだできるのだと思う。負担でしかなかったら、その行事はいずれ続かなくなるのは明らかなのだから。

S縁寺さまの『報恩講式』お聞かせいただきながらそんなことを考えた。

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