「私」のもの という執着(はらから89号)

九月の末、持病のようになってしまった感のある腰痛が再発した。福井弁で言ういわゆる「大腰=ぎっくり腰」である。風呂上りにズボンを履こうとして腰にギクッと痛みが走りそのまま動けなくなった。ほうほうのていで、整骨院にたどりつき治療してもらったものの痛みは治まらない。 帰宅してそのままベッドに倒れこんだ。寝返りも打てない状態で尾籠(びろう)な話で申し訳ないが、父が亡くなる前に使っていた尿瓶のご厄介になるはめになった(初めての体験)。トイレまでなんとか動けるようになった翌日、ようこそ処分せずに残しておいてよかったわねと家人に言われた。

 

意のままに動かぬわが体を抱えて、「私の体は自分のもの」というが、「私のもの」とは一体なにを指して言うのかと考え込んだ。

常識的にいうなら、私の体は他の誰のものではない、まさに私の体に他ならない。その意味でこの体は私の所有物であるはずである。しかし本当に私の所有物であるなら、完全に「私」の自由になるものでなければ私のものとはいえまい。私のコントロール下に置かれ、私の思いに完全に従えることができて私のものといえるはずである。ところが、腰痛は全く私の思いなど無視するがごとく、「私」を苦しめる。

 

仏教で説く、「仮我」(けが=本当は「我・私」という普遍の実体があるのではない、他と区別するために仮に我というにすぎない)の教えを思った。

 

思えば、私を中心にすべて「私の」という所有格をつけてものごとを説明し理解しているつもりでいるが、本当は私の所有物など何一つないではないか。私の妻、私の子供、私の体、私の・・・・。

 

思えば、私のいのちそのものが「私」の思いの届かぬところで営まれていたではないか。心臓の鼓動も肺の呼吸も「私」の思い、意識の全く届かぬところで「私」を生かし続けて今日まで働き続けてきてくれていた。

山陰の妙好人、源左さんは毎日の農作業を終えて手を洗いながら、その我が手を「ようこそ・ようこそ」と拝んでいたという。今日一日よく働いてくれたと思いであろう。

 

私の所有物という執着を離れることが出来ないのが如来様から凡夫と見抜かれた私の姿である。しかしその執着を離れることは出来なくても、離れられない自分であるということに気づくことは出来る。

生きてゆくうえで出来ることならこうした自分に不都合な痛みや困難は経験せずに済まされればそれにこしたことはないだろう。しかし品こそ違え不都合をさけて生きることなど出来まい。生きる覚語とはこうした不都合を引き受ける覚語と同義ではなかったか。

 

すなわち老・病・死に象徴される、「私」にとって望ましからぬものの中にも意味を見出せるなら、それを引き受ける覚語も出来るはず。もっと積極的にいうなら、死をも拝むことの出来る死生観が確立されるのだろう。そしてそれは自分自身に対する最大の責任でもある。うずく痛みの中でこんなことを考えるご縁をいただいた。

 

だからこの痛みをも拝むことが出来たかというと、やはり痛みは痛み。辛いものだった。そして紛れもなく自分は凡夫ということの再確認をさせてもらった腰痛体験である。 (住職)

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