謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

昨年5月、前住職が83歳の人生を終えてお浄土へ帰りました。

一般に近親者が亡くなった場合、年末年始の挨拶を自粛するということで、年内に「喪中につき欠礼」の挨拶状を先にお出しして、年賀状を出しませんよと先んじてお知らせすると同時に年賀状の受け取りを辞退するというのが慣習として定着しています。要するに「おめでとうございます」というお祝いの言葉がふさわしくないということだろうと推察します。

私どもが仰ぐ阿弥陀如来様の救いをいただくものにとっては、人の臨終はむなしい滅びではなく、生涯お念仏のお育てをいただき続けた結果としてお覚りの世界へ往生させていただく一つの契機であり、決して忌むべきものではありません。むしろようこそ精一杯このいのちを生ききって私どもに先立ってお覚りの世界へ往生されましたね、ご苦労様でした、お見事でしたと讃嘆すべきことですらありますから、お称名でお見送りさせていただくのでしょう。

そういえば称名念仏の「称」の字は、称賛の意もあり、ほめ讃えることに他なりません。亡き人をかわいそうな人、お気の毒な人と同情の眼で見るのか、いろんなご苦労、悩みもおありだったでしょうが、ようこそそのいのちを生ききって下さいましたね、数々のご恩をあなた様からいただきました、有難うございましたと讃嘆させていただくかは大きな違いでしょう。

自分のことを申し上げるなら、私の人生を同情されたり、お気の毒にとみられるより、あなたなりに精一杯生きられましたねとほめていただいたほうがよほど嬉しいと私は思っています。

ということから、相手の方から年賀欠礼のお知らせをいただいた方を除いて例年通りに年賀状もださせていただきました。

堂々と「あけましておめでとうございます」のご挨拶とともに、残された遺族も故人の願いをしっかり受け止めさせていただき、今年も精一杯このいのちを生きてまいりますの決意もあらたに新しい年すなわちいのちをめぐまれたことを寿ぎましょう。

午前6時から修正会(しゅうしょうえ=元旦のお勤め)を家族と、法務員の吉田さん、昨年秋に得度された上田さんと声高らかに勤めさせていただきました。

本年もどうぞよろしくおねがい申し上げます。

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