Y家十七回忌

午後2時、鯖江市K地区のY家、十七回忌法要に赴く。故人は若いときから仏華の修行をされた方。最晩年、体が弱られるまで長年にわたり千福寺の報恩講の仏華を立てて下さっていた。法要のあと、お父さんのお花たての思い出話。実は後で知ったことであるが、30年前の自分(住職)の結婚式の本堂のお花、そして座敷のお花もYさんが立てて下さったものだった。

Yさんは千福寺はもとより、鯖江のご本山、そしてその他何ヶ寺か、報恩講のシーズンにはお花を立てておられた。この時期は毎日毎日、その下準備の松の葉を細い針金で巻く作業を朝から晩までこつこつとしておられたそうだ。

「自分にも(ご子息)花立を覚えないかと何度も何度も言われたそうだが、結局自分は跡継ぎをしなかったです」「そうですか、少しでも私もお習いしておけばよかったと後悔しています」などなど。

Y家で法務員のY君と分かれて、自分は福井市内のM家の枕経。Mさんは先年奥様に先立たれた。ご子息は大阪にお住まいということもあり、この数年間はYさんは施設に入所されていた。

お仏壇の卓の上には、Yさんがこの家で毎日毎日お参りしお勤めしてこられた聖典。ページをめくった後の手の跡がしっかりと黒ずんで残っている。

通夜・葬儀の打ち合わせの中で、いつものように、通夜のお勤めが始まったらご遺族は最前列で一緒にお勤めして下さるようにお願いする。

5日に行われるT寺様の結婚式の司婚の大役をおおせつかっている。そのリハーサルと打ち合わせのためにT寺様へ。(少し遅刻)

入籍は済ませておられるのだが、このたびあらためて正式に仏前で婚儀を勤められることになられた。何はともあれおめでたいことである。微力ながらでもお力になれるなら精一杯努めさせていただこうと思う。

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