月別アーカイブ: 2011年5月

MRI検査

午前中は別院にて布教団研修会の二日目。教区内のS氏の意見発表・問題提議に対して参加者の意見を聞くという形式。S氏が提議されたのは無縁社会ということ。提議そのものも面白かったが、その後さまざま意見がでてそれなりに意義ある研修会となったのではないか。

自分は無縁社会といわれる日本の現状に対して、こんな考えを持っている。

葬儀やその他の仏事は、親戚縁者あるいは近所の方も巻き込む形で勤められてきた。こうしたいわゆる「おつきああい」は一面人間関係からくる煩わしさを内包する。ところが仏事にとどまらない、人が生きるうえで生じる煩わしい人間関係を断ち切り、人に干渉されることなく好きなように生きたいと願い、あるいは好きなように生きなさいとそそのかす風潮が高度成長期と重なるように日本社会に蔓延した(と自分は思う)。

人間が生きるとはこうした煩わしさも含めての人間関係を自覚すること、それを引き受ける覚悟をすることではなかったか?それを切り捨てあたかもリモコンでテレビのスイッチを切るがごとく人間関係を断ち切り煩わしいことはイヤという自分の思いだけがある。挙句の果てが、身内だけの個人葬。その行く着いた先が直葬。

濃厚な人間関係が残る地方を捨てて都市部に移り住み、隣の人がどんな生活していようが干渉されるのがイヤだからこちらも無関心を装う。無縁社会を現出せしめたその一因にこうしたことが考えられはしないだろうか。

「個」の尊重の方向性あるいは意味付けを誤った結果が、「弧」を招いたとえいないか。などと乏しい頭なりに愚考する次第。

 

午後、県立病院にてMRI検査で胆嚢の中に石などがないかをチェック。結論からいうなら、胆石は見つからぬとご託宣。検査結果を携えて主治医のもとへ。

胆石もないようだし、もうこれ大丈夫でしょうとのこと。看護師諸氏にもうしばらく通うことはないから、今日でバイバイ、お名残惜しいネなどと軽口を叩いて帰宅する。・・・・・・・・・ところが( to be continued)

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布教使研修会

今日と明日の二日にわたって、福井教区布教団の研修会が開催される。午前中はいわゆる総会。会計報告・事業計画などの審議。午後はいよいよ研修と思いきや、講師が昨日からの大雨による被害で(北陸各地で被害続出)京都の宮津からの到着が1時間半以上遅れるとの発表があった。講師は本願寺派の住職にして京都新聞記者の三田氏。本願寺が末寺対象に発刊している『宗報』に何年も前から「こころ通信」というページを担当しておられる。現在は自坊のある京都新聞宮津支局長という肩書き。

本当に恐縮しながら講師の三田氏が登場。ご本人のせいではないにせよ、遅れたことは事実として謝罪から講義が始まった。新聞記者としてまた本願寺派の住職として今度の震災にどう向き合ってゆくのかということを自問し続けてこられたことがよく伝わってきた。

講義終了後懇親会の席もあるのだが、どうせ今のところはアルコールは飲めないので、そちらは欠席。

明日の午後、紹介をいただいて県立病院でMRIの検査を受けることになっている。検査のため明日は朝から絶飲・絶食を言い渡されている。せめてというわけで今夜はのんアルコールビールを喉に流し込みながらの夕食。

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法事

午前中、市内H家3回忌法要。お嬢様が千福寺にて仏前結婚式を挙げられた。今日は赤ちゃんを抱いて参列。婿殿も東京から。当然、もし都合がおつきになったら来年の初参式に是非とPR。

一度帰山し、その後同じくしないS家満中陰法要。残された奥様は先日の千福寺前住職一周忌法要にお参り下さった。この満中陰法要が済んだら婦人会はじめお寺の行事にご参加下さいませとこちらもお誘いを。以前にも書いたが、それにしてもほぼ30年をご主人の介護にかけてこられた。本人が明るい人でしたから私もそんなに嫌だ、大変だと思ったことはありませんとは仰るがそれでも大変だったろうことは想像に難くない。本当にご苦労様でございました。

雨の降りようがだんだんきつくなる中、福井市郊外H町の墓地移転法要をつとめる。電話をいれて、この雨の中でもやられますか?と確認。墓地に朝からテントを張って住職が濡れないよう準備したから、予定どうり勤めて欲しいとの返事。

現場に行ってみると、ビニールシートなどで広く墓地を覆うようにしてテントをしつらえてくださってあった。おかげで大してぬれる事もなく(でも五条袈裟はそれなりに雨を吸ったので帰山してすぐに部屋で除湿機を稼働さえ徐々に乾燥)勤めることが出来た。

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K西寺様法要

目が覚めて、何気にテレビをつけたらもう9時になっていた。法要は10時に始まり、自分は出仕はしないものの30分前には到着しますと返事してあった手前、急がねば。

急いでシャワー、髭剃り。髪はぬれたままとにかく朝食だけは胃に入れておかねばならぬと(食い意地は相変わらず)一回レストランへ駆け込む。といってもパンとミルクとコーヒーのみで済ませ部屋へ取って返す。この間わずか15分。チェックアウト9時20分。事故を起こさぬよう慎重に飛ばし?寺到着が45分。(寺院様指定の駐車場が寺から少し距離があった)今朝ほどカーナビを頼もしく思ったことはない。

坊守様と昨晩ご一緒だったS光寺坊守様とのご挨拶もそこそこに、やがて法要開始。それにしてもたくさんの御法中の出仕である。内陣だけで楽人さんもいれると20数名はおられる。その他会係(えがかり 法要の進行・次第をつかさどる役目)のお寺さんが目に付いただけで3・4名。

一番の心配はお天気だったが、これなら何とかもつのではないか。午前中は本堂修復落慶法要。シロアリが入っていたことがわかり、相当大掛かりな修復工事だったそうだ。こうした法要ではよくあることだが、法話は法要などの進行の具合で押されてしまい時間が短くなることもしばしば。午前中はそれでも予定通りの30分の時間が確保された。

参詣お聴聞の中に、千福寺での梯和上の勉強会に何度か参加された当教区の坊守様のお姿が見えた。

午後、いよいよ親鸞聖人750回大遠忌法要。稚児申し込みが160名ほど。その上に最低2倍以上の付き添い(両親や祖母)が加わるから500名以上のお練りとなる。幸い雨にもたたられず予定どうり法要は粛々とそして賑々しく進行する。

午後の法座も少しばかり食い込んだだけでほぼ予定どうり。これだけたくさんの法中方をお招きしての法要、寺族をはじめご門徒の方々はどれほど周到な準備をなさったことだろうと頭がさがる。

ご丁重なお見送りをいただいて帰福。この法要にあわせて作製されたという、K西寺という立派な本をいただいた。寺の沿革にとどまらず、歴代住職様の事跡など仔細に調べ上げた大変な労作である。

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富山は砺波へ

明日の、富山県伏木のK西光寺様の本堂落慶法要および親鸞聖人750回大遠忌法要出講のため、本日より富山入り。実は高岡市のホテルを先方様が予約して下さってあったのだが、K西寺様と近いご親戚の礪波のS光寺様から、前日から富山入りするなら是非食事をご一緒しようとお誘いを頂いていた。K西寺様の坊守様はこのS光寺さまから嫁がれた方。よって明日の法要には当然S光様も出仕される。

お言葉に甘えて夕刻砺波のS光寺様へ。ここで思わぬご縁があった。

このS光寺の坊守様は大阪守口から嫁いで来られた。そのご実家のお寺の若住職さまがこれまた若坊守様とお子さん連れでいらしていた。無論明日のK西寺様の法要に出仕のためである。その若坊守様が宮崎出身というので、宮崎のどちらですかとお訊ねしたら小林市とのこと。じゃあJ信寺はご存知ですね?と重ねてうかがうと、なんとそのJ信寺のまん前がご実家だそうだ。J信寺は自分の鹿児島の実家の近い親戚筋にあたり、昨年のかくれ念仏遺跡参拝の旅でも立ち寄らせて頂いた寺。そして3回ほど報恩講にも出講してきた。

J信寺のご門徒さんではないが、お寺の境内を遊び場に育ったんですと仰る。少しばかり鹿児島弁と宮崎弁でおしゃべりしてみる。在家からお寺へ嫁ぎそれなりの苦労はしておられるだろうが、明るく振舞われるその様子に、若い住職を支え立派に坊守さんとして仕切るところは仕切っておられることがうかがわれる。

残念ながら体調はもう悪くはないのだが運転もあることゆえ今日もアルコール抜き。S光寺の坊守様手作りのご馳走を控えめに?美味しくいただき礪波を後にして高岡入り。なぜ高岡にホテル ニューオオタニがと少しばかり疑問に思っていたが、やはり予想どうり、ホテル ニューオータニの創業者がこの地の出身でいらっしゃるからだそうだ。

ネットの手軽さ、このブログを書きながら、ニューオータニから手繰り寄せれば、いろんなことがわかった。興味のある方は、ググッてみて下さい。

遅いチェックインをして、明日の法話の構想を考えていたら目がさえて眠れなくなった。これが影響して・・・・・・。

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