Iさん来寺

点滴にたっぷり2時間要することがわかったので、それなりの準備。と言っても本を何冊か買ってゆくということだが。文芸春秋とたまたま目にした別冊「太陽 法然上人特集号」それと「日経 おとなのOFF 特集入門 ニッポンの仏教」という雑誌。ぺらぺらめくったら最近マスコミにしばしば登場されるわが本願寺派の 釋 徹宗 が語る現代人の仏道なる特集記事。

点滴を受けながら、文芸春秋を読む。巻頭にある著名人の随筆の欄に、今度の災害に関して「みんな一緒に」ということの危うさを氏らしい視点から指摘しておられる。具体例として、竹山が百年に一度くらい全山いっせいに開花し、花が終わるとみんな枯死してしまうということがあるが、あれは一山数万本の竹が全部地下茎でつながった同一固体だから起こる現象なのだそうだ。もし一本一本がちがう固体だったら一斉に死ぬことはない、かならずどれかが生き残るという。

氏は言う。画一化の方向性は共倒れの方向性でもあると。「みんな一緒」よりひとりひとりが「みんなちがう」ことの重要性を。

違いを認め合いながら、その違いを尊重する。阿弥陀経の「青色青光・黄色黄光・赤色赤光・白色白光」を連想した。

 

体調は普通に戻った。多分しばらくは養生(禁酒・油分控えめ)は必要だろうが。

午後、京都からI家夫妻がお参りに見えた。毎年この時期おそろいでお参り下さる。あのM製作所の取締役まで勤めリタイアされた。福井生まれながら京都郊外に家を建てられ、ご子息もそれぞれ独立して家庭をもたれた。自分達が元気な間はこうしてお参りさせて頂きますとにこやかに語られる。そういえば、数年前に京都大谷の本願寺墓地を申し込んで抽選で購入された。京都にお墓があれば、しかも大谷さんにあれば、子供たちが将来どこに住もうとも京都観光をかねて(奥様がいたずらっぽく微笑みながら)お参りしてくれるでしょうねと。

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