有無をはなる

午前中点滴。たっぷり時間があるので今日はMP3プレーヤーを持参。落語を聞くか、浄土真宗の講義(K和上のそれ)を聞くか考えた挙句、K和上の講義録音を聞く。講題はかつて千福寺で講義して頂いた「有無をはなる」。切れ味鮮やかに、龍樹菩薩の註論を自在に駆使しながら、悟りの境涯すなわち人間の「有るとか無いと」とかの分別(ふんべつ)を超えた悟りの知恵の世界(無分別智)を語って下さる。

聞いているその時は、なるほどなるほどと思うのだが、自分の口でそれを再現し人様に伝えようとするとこれが実に難しい。やはりこれはわかったつもりでも、自分のものになっていない証拠に他ならない。まあ、そうかんたんにこの私にわかるなら、その程度のものでしかない。いわばその境涯は言亡慮絶(ごんもうりょぜつ =人間の言葉の営みでは表現不可能)の世界なのだから、などと言い訳がましいことを考えているうちに、いつしかうとうとそして爆睡。気がつけば点滴終わってますよと看護師の声。まあかんたんにわからないから一生涯聞きつづけられるのだと苦しい言い訳。

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