親鸞聖人750回 大遠忌法要に参拝して(はらから 91号)

六月十二日・十三日の二日にわたって京都西本願寺の、《親鸞聖人七百五十回大遠忌法要》に千福寺ご門徒の皆様と総勢四十五名の団体で参拝した。

当日福井組からは四百名になんなんとする大所帯であった。言うまでもなく、五十年に一度の大法要であり御勝縁(このうえもなく意義ある法縁)に他ならない。

 

ご影堂は蓮如上人五百回忌法要終了直後から十年の歳月をかけて修復事業に着手し昨年四月完成をみた。

このご影堂に我が身を置き、親鸞聖人の御一生に思いを馳せ、ご往生後七百五十年の長きにわたり今日の私にまでお念仏の救いを伝えて下さった無数の先人の方々のご苦労を思う。

私が歩ませて頂くお念仏の道は親鸞聖人が歩まれた道であり先人の歩まれた道である。歩む者の能力や資質が問われるなら自分には全くその資格はない。

しかし九十年の生涯をかけて全ての人が等しく救われる道を示し自ら生き抜いて下さった親鸞聖人の辿られた道を七百五十年後の私も歩ませて頂いていることのかたじけなさを思う。

 

法要に出仕する沢山の僧侶・本願寺を支えて下さっている講社の代表・本願寺の重職の方々の縁儀(法要が始まる前、お堂の縁から行列で入堂する儀式) に続きこれまた多くの楽人の奏楽が広いご影堂に響き渡る。法要の気分はいやがおうにも高まりもうこれだけで目頭が熱くなる。この法要のために拡張されたご影堂を埋め尽くした全国から参拝されたお同行(四千人)の気持ちも同じであったろう。

 

法要はお正信偈を中心に構成された音楽法要であった。参拝されたご門徒の皆さんからもあのお勤めはとっても素晴らしいですねと賛同の声が聞かれた。

続いて、つい先日ご長男がお生まれになられたばかりの新門様そして御門主のご親教(直接参拝の皆さんに語りかけられること)があった。

お二人ともこのたびの東日本大震災と福島県の原発のことに触れられ、被災者の方々の悲しみ苦悩に寄り添う思いを持ちながらこの法要を勤めさせていただくという趣旨のお言葉を述べられた。

 

法要後、阿弥陀堂に移動して帰敬式。千福寺のご門徒から十七名の方が受式され法名を頂かれた。法要の感激醒めやらず、福井へ帰るバスの車中、あり難いご縁でしたねの声があちこちから聞かれた。

千福寺では九月にもう一回この大遠忌法要に参拝する。

なんといっても五十年に一度の尊いご縁である。修復なったご影堂で親鸞聖人のご真影に御礼申し上げたいものである。

是非とも参拝されることをお勧めする次第である。 住職

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