I家来寺

金沢・福井・横浜それぞれ分かれて生活しておられるI家の皆さんがお寺に集合して、お父様の13回忌。ちょっとあわてたのは、午後1時半からのお約束が、それぞれ皆さんかなり早めにご到着されたこと。法務員のY君に連絡入れるも、彼も彼なりに田んぼのことやら仕事もあり、精一杯早く来ますとのことで、それまで皆さんと座敷で歓談。

こうしてゆっくりお話ししていると思わぬところに話が飛んで、意図しなかった話題に触れることにもなる。今日は、きっかけはお仏壇購入の時期か墓地建立の時期か何だったかもう記憶は定かでないが、迷信や占いのことに話が及んだ。つまり日の良し悪しを勘案して物事をきめるということである。無論浄土真宗は、というより本来の仏教はそうして方角・日の良し悪し・字画・墓相などそうしたものによらず、本当に何をよりどころにして生きることが正しいのかを説く宗教。

お話しながら、だんだん自分が熱くなるつまり言葉が多くなり、過激になりテンションが上がりぎみであることに気づく。いかんいかん、どうも迷信や占いのことになると自分でも熱くなる傾向があるとお詫びしながらブレーキをかける。

でも冷ました頭で考えて頂きたい。こんなことをしたら悪いことがおこる、こんなことをしたら良いことがおこるというが、このいいこと・わるいことの正体はようするに自分にとって都合の良し悪しでしかないことに気づけば、「善悪のふたつ総じてもって存知せず」と言い切られた親鸞聖人のお言葉の厳しさが少しは味わえないだろうか。

いかん、いかんまた熱くなってきた。

ご法事を終え、皆さんおそろいで足羽山の墓地にお参りに行かれるとのこと。いつもなら玄関前で愛想を振りまいていたメリルも玄関奥で横着なお見送り。まあ年も年だからお許し下さい。

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