東日本大震災追悼・復興支援法要

朝から別院では、復興支援のバザーが行われている。

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午後からは別院本堂にて同じく東日本大震災追悼・復興支援法要が営まれ、別院のご輪番導師のもと、各組の代表住職の出仕により追悼法要が営まれた。法要に引き続きM壽寺住職の法話。

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休憩を挟んで、物理学者 藤田祐幸氏の福島原発事故を受けての放射能汚染と、今後の日本のとるべき方向などについての講演。原発の危なさを学者として訴え続けてきたにもかかわらず、このような事態にいたってしまったことを、自分達の力が及ばなかった故として暫愧している旨の話から後援は始まった。

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内容の一々には触れられないが、印象的だったのはガチガチの脱原発論ではなく、コ・ジェネレーションシステムにシフトしながら、最終的に原子力発電に頼らない社会を目指すべきとの主張にはうなずくところが多かった。同時に現代社会が欲望の充足にブレーキをかけることなく突っ走ってきた故の弊害に満ちた社会であることなど、エネルギー消費量の増大化など具体的にグラフで示される。

情報化社会に生きながら、その情報の正確さを判断することの難しさ、その情報に振り回されていることの危うさ・愚かさをも講演を通じて考えさせられた。たとえば今でもまだ、地球温暖化は二酸化炭素排出(化石燃料とうの消費)によるものなのか、それとも他の原因によるものなのかさえわからないでいる体たらくである。

国や、電力会社の発表する数値の正確さもどこまで信用できるのか・・・・。

情報が増えても、人間は賢くならないということの典型がこの私自身である。ただ言える事は、欲望・煩悩の充足を幸福と感じるようなあり方・生き方は自らを破滅に導くということ。これは仏陀の教説を通して我々が知らされた確かな真理である。

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