布教団研修会

本願寺の全教区のブロック分けの呼称でいうところの第二ブロック(東海・中部・北陸地区)の布教使の研修会が本願寺名古屋別院で開催され、今日明日と参加する。

福井別院の職員N氏・S氏と自分の車で名古屋に向かう。講師は東京教区の住職で東洋大学非常勤講師・東京仏教学院講師の本多静芳(ほんだ しずよし)師。会場には沢山の布教使諸氏の顔。過去のこの研修会で知り合いになった他教区の布教使さんとも挨拶を交わす。

ところで、この種の研修会でいつからだろうか、講師のお名前紹介の仕方が ○○ ○○師 ではなく ○○ ○○さんという表記に変った。正直申し上げて自分はどうもこの表記法になじめない。これは多分基幹運動を反映したものなのだろうと思うが、何故 ○○師 ではいけないのだろうか。御同朋・御同行の精神と お教えくださる講師を ○○師と仰ぐこととは少しも矛盾しないと自分などは思うのだが、どうもそうではないとお考えになる方の声が強かったのだろうと拝察する。浄土真宗は自らが師匠となのることはあるべくもないが、しかしお念仏のご縁を結んで下さる方を師と仰ぐことは何の問題もないはず。その意味で、浄土真宗は「弟子道」であるとさえ聞かされたこともある。

渡されたレジュメの表記法からして違和感を感じつつ講義に入ったが、渡されたレジュメのテーマと講師の問題提議の講義が全く違う。主催者の名古屋別院の担当の諸氏の一応の説明はあったが、これも違和感を増長させる一因となった。

実は講師は住職と同じ大学の出身。彼は卒業後東洋大学に学びなおし、仏教学を修め問題意識を深めつつ至った結論が、「親鸞聖人の教学」と「本願寺の教学」は全く別物であるという結論に至ったのだそうだ。講師の用意されたレジュメはS元龍大教授の本を底本にした抜書き。

提議をうけての班別話し合いの時間も、結局各班ともに講師のレジュメと研修テーマとの齟齬ゆえに、深まりのある話し合いはできなかったのではと言うのが自分の印象。

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