月別アーカイブ: 2012年3月

I家通夜

4月の法要のこまごまとした準備に一日を費やす。蓮如上人500回遠忌を勤めた際の諸の書類がパソコンに残っているのでそれをに参考に手直ししながら今回の法要に合わせて進行表などを作成する。

1999年の勤めたこの法要の際の細かい準備作業は今回も大いに役に立ってくれている。自分も当時は40代後半。現在との一番の違いはというと、体力の衰えは言うまでもないが同時進行の仕事が出来にくくなってきていることを痛感する。複数の作業を同時並行的にこなしてゆくことがだんだん出来なくなってきている。

午後、日曜学校を手伝ってくれるようになった地元高校のF先生にお会いして、先生が連れてきてくれるようになった高校生の写真をお渡しくださいとお預けする。

午後6時、鯖江の葬儀会館にてI家の通夜。お願いしてあったとおり、お勤めが始まるとご遺族も着席してもらい一緒にお正信偈のお勤め。会場に響くお勤めの声は何にもまして浄土真宗の通夜らしくて尊い。

 

 

※今月に入りブログをずっとサボっていた。先日、ご門徒のMさんの奥様から電話があり、たまたま自分がでたら開口一番「あらー、御前、お元気だったんですね。ブログがずっと更新されていないのでひょっとしてもしや体調くずされて入院でもしておられるのではと案じていたんです。お元気な声が聞けたのでそれだけでいいんです」との(涙がでるような)有難いお電話。申し訳ありません。法要の準備の方にばかり頭が行ってこちらがおろそかになってしまっていたんです。(同時並行の仕事ができなくなったということの言い訳)

また例によってぼちぼち期日詐称の穴埋めブログを再開します。完全に埋め尽くすことはできないでしょうが。

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長い一日

9時から市内T地区M家の法事。一周忌と17回忌。昨年の葬儀はこの自宅で勤められたのだが、当主のMさん、「今の時代に自宅で葬儀を勤めるうちなんて本当にまれになったんですね」と我が事ながら驚いたように話される。「そうですね。実際問題として自宅の仏間と座敷を葬儀用に準備すること自体が大変でしょうしね」とお話したら、そうでもなかったですよとあっさりおっしゃる。もちろん在所の方々のお手伝いがあればこそだったろう。

昨日に引き続いて今庄へ。K家の13回忌。今庄の中でもこの地区はことに雪が深い。

法事のあと場所を移してお斎を出してくださる料理屋へ。このあと福井市内でもう一軒法事があるのでアルコールを控える。

皆さんより一足先に料理屋をあとにする。「他のお客さんもおられるのですから、ここ(玄関)で失礼しますよ」というのにご家族が外までお見送りくださる。いわく「我がK家ではお寺様やお客様をお送りするときは姿が見えなくなるまでという家訓がありますから(笑い)」と寒いのに外でお見送りくださる。ならばということでIPHOENでパチリ。

高速利用で福井に取って返しT家の一周忌。東北川内からのご親戚が昨年おられたことを思い出し、その後の状況などをお聞きする。今回も9時間ほどかけて乗用車でこられたそうだ。

さきほど寺から連絡があった、鯖江のI家の枕経に向かう。お勤めの後通夜、葬儀の日程の詰め。そして例によって通夜のお勤めはご遺族もお揃いでお願いしますとお伝えしてI家を辞す。再度高速利用で福井市東部メモリアルパークへ。O家の墓地納骨法要。長い一日だった。

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下山の思想

本日の産経新聞「話の肖像画」  五木寛之氏の談話

産経新聞が三日連続で五木寛之氏へのインタビューを載せている。今日はその二日目。

買っていまだ読んではいないのだが『下山の思想』。引かれるタイトルである。また不遜かもしれないが、五木氏の昨今の著作の傾向からして内容はタイトルからして想像できる。

五木 
「黄金期をすぎて斜陽化しつつある中で、しんがり戦を戦うべきだということです。それは、下山自体を「大事にする」ということだと思う。例えば僕は今、モダンジャズやタンゴがとても気持ちよく聴けるんですよ。ジャズの勃興期から、やがてスイングへ、さらに革命が起きてモダンジャズが起こる。ジャズの黄金期です。それからしばらくして下山の時代を迎える。そんな下山したジャズを今はリラックスして聴ける。昔だったらジャズ喫茶で、肩肘張って勉強するように一生懸命聴いていたのにね。それはまさに下山をエンジョイしている、ということでもあるのではないか。」

ジャズを喩えに持ってあたりさすが五木氏。共感すること大。

 本当の成熟とは?を問うべきときに時代は入ったのだといえるのではないだろうか。

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親鸞聖人750回 大遠忌法要に臨んで

御門主様は本山の法要がご満座を迎えた一月十六日「あらたな始まり」と題する御消息(お手紙)を発布された。
「本願念仏のご法義は、時代が変わり、社会が変わっても、変わることはありません。しかし、そのご法義が活きてはたらく場である現実の社会は、地域によって異なり、時とともに変わります。ご法義を伝え、広めるための宗門の組織も、社会の変化に応じて変わる必要があります。 ー中略―  一人ひとりが抱える課題を大切にし、お念仏を喜び心豊かに生きることのできる社会を目指しましょう。このたびの大遠忌法要が、新たな歩みを進める機縁となりますよう念願いたします。」と結ばれた。

 しばしばこの「はらから」でも書いてきた事だが、政治・経済・教育・医療・福祉すべての分野において日本はそして世界は大きな転換点に立たされていることは誰の目にも明らかなことである。そしてそれは今、日の出の勢いで経済的に世界を席捲せんとしている国にしても内に様々な問題を抱えているという点では同じであろう。

そして宗教もその埒外にはない。日本の宗教も大きな転換点に立たされているのである。宗教に対する不信を口にする人、逆にカルトと呼ばれる類のそれにのめりこんでゆく人。
 時代の混迷が深いということは、私たちは真によるべき拠り所を見失っているということに他なるまい。

 他の宗教のことはさておこう。悲観的な材料には事欠かないこの時代に、私たちの浄土真宗はこれからどうなっていくのだろうかと他人事のような口ぶりで傍観者でいてはなるまい。
時代がどうあろうと私たちは何を目指して生きるのかを語ろうではないか。御門主が御消息に述べられたように、一人ひとりが抱える課題を大切にし、お念仏を喜び心豊かに生きることのできる社会と人間関係の復興を目指ざそうではないか。

 思い起こせば、一九八〇年、門主継職にあたり、教書を発布されその中で
「念仏は、私たちがともに人間の苦悩を担い、困難な時代の諸問題に立ちむかおうとする時、いよいよその真実をあらわします。私はここに宗祖親鸞聖人の遺弟としての自覚のもとに、閉ざされた安泰に留まることなく、新しい時代に生きる念仏者として、力強く一歩をふみ出そうと決意するものであります」と高らかに内外に宣言された。今もこの教書のお言葉に震えるほどの感動を覚えるのは私一人ではあるまい。

 この法要を機にもう一度、お念仏を頂く身の原点に帰ろうではないか。私がそして時代がどう変わろうとも変わることなく私の苦悩をつつみ大悲してくださる働きを如来の真実と宗祖は仰がれた。

 その親鸞聖人七百五十回大遠忌法要を勤めるに当たり、宗祖聖人を慕う一念仏者として、時代の混迷を見据えつつ、おぼつかなくとも一歩一歩、ともに新たなる歩みを進めようと思う。
           住職

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