法事四様

午前中今庄のS家、70回忌法要。親戚縁者のお参りはあるのだが、一人も今日の法事の相手(故人)を知る人はいないという。聞けば先年なくなられたおじいちゃんの兄上。20歳そこそこでなくなられた。その方の70回忌を勤められるとは、そしてこれだけの縁者が集まられるとは意外だった。お参りしている子供たちからすれば曾祖父ちゃんのお兄さん。あったこともない方ではあるが、自分のいのちに連なるそうした亡き人のことに思いをめぐらせることはとても意味深いことだ。

お食事のお誘いを辞して(前もっておことわりしておいた)市内H家。年忌法要ではないのだが大学院卒業して事故でなくなられた息子さんの祥月命日のお勤め。

http://senpukuji.net/2005/03/20/%EF%BC%91%EF%BC%93%E5%9B%9E%E5%BF%8C/

この家のあとを継がれる内孫さんが来年大学を卒業されるそうで、お父さんは嬉しそうに目を細めて帰省中のお孫さんを紹介してくださった。

帰山し、午後1時からM家13回忌を寺において勤める。くしくもM家の法事も若くしてなくなられた息子さんのそれである。子供に先立たれる悲しみに耐えてこられた親御さんの心中を思えば、法話も言葉につまりがちになる。

亡くなったM君(まだ二十歳前だった)のお姉さんがじっと目をこちらに向けて法話に耳を傾けてくれていた。

皆さんをお送りしてから、市内N家の満中陰法要。故人からするとひ孫にあたる子供たちが元気に仏間を走り回っていたが、お勤めが始まる前には親の注意をうけいれてそれこそ雛飾りのようにキチンと整列してすわってくれた。

法話のあいだに泣き出した一人を除いて最後までみんながまんして座っていた。あきらかにこれは親のほうの姿勢が子供に伝わるのでしょうな。みんな偉かったね。

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