原爆犠牲者追悼法要

福井県原爆犠牲者追悼法要が千福寺本堂にて勤まる。もう千福寺で勤められるようになって何年になるだろうか。近年とみに参加者が少なくなり、会の存続すら危ういのではと傍目ながら心配していたのだが、現会長になって積極的に各方面に呼びかけられるようになったからか、参加者がまた少し増えてきた。そして報道関係の取材も例年になく多い。

会長挨拶の後、法要。ことしから数分でもよいから法話をと依頼されたので、思うところをお話した。完全に無害化する処理技術を持たないままスタートした原発は、人間のコントロール下におくことが出来ない技術であり解体技術もないまま超高層ビルを建てるようなものだといえないか。何かで読んだ記憶があるが、同じ科学技術でも医薬開発に関しては徹底的な治験が繰り返されやっと認可されるのに比べると、一般の科学技術は先に手をつけたほうが勝ちというある種の無法地帯ともいえるのではないか。

スタートは人間の幸福のための技術であったはずが、野放図に先を争うばかりではどこへ人間を連れてゆくやら。

法要後も役員さん方は、今後の会のあり方についてかなり長い間の議論をしておられたようだ。

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写真は本堂に展示されたパネル写真展の一齣。死んだ妹を火葬すべく負ぶってきた少年の見事な態度に撮ったアメリカ人のカメラマンも敬意を表している。

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