生死無常

午前中、同じ福井組しかも町内のK寺様の永代経法要のお聴聞。講師は大阪のT先生。住職が大阪行信教校時代にお世話になり、当時ご一緒にインド仏跡参拝などご縁の深かったご住職である。実は先日、先生の御子息すなわち若住職様が交通事故で急逝されたと聞いていた。葬儀後間もないのに福井に出講されるのかなと案じていたところ、ご法話の中でそのことに触れ、ご法義お取次ぎのためならお断りすべきではないと亡き息子に押されるようにして前日に初七日を済ませて福井に参りましたと話された。

直接お目にかかってお悔やみの言葉をと思うのだが、ご心中を思うとおかけする言葉が見つからない。自分も年相応に体が弱ってきたが、残された孫が得度して寺を継いでくれるまでもう少し頑張りましょうと仰る一言一言がご自分に言い聞かせておられるようだ。

ご法話の中で、御文章を引き「まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも、相添うことあるべからず」のいわれをわが身をもって教えていただいたと。ただし如来様だけはその私に入り満ちて寄り添い続けていてくださることも。だから生きてゆける(ここの部分は自分の受け止めた味わいだが)とお話し下さった。

お体にご留意くださいとお願いして、K寺様を辞した。

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