投稿者「senpuku」のアーカイブ

永代経法要初日

どの業界でも、新型コロナ問題で困難を強いられている中で、私たちの浄土真宗寺院も同じです。

FACEBOOKやその他のSNS上で各御寺院が寺院行事の開催を中止せざるを得なくなったり規模を大幅に縮小するなどの情報が入ってきています。

千福寺でも悩んだ結果、法要日程を縮小するとかえってお参りがそこに集中しいわゆる3密を生じる可能性もあるので、法要日数と法座席数(法要の回数)は減らさない。ただし布教法話の席数を減らすという事で永代経法要に臨みました。

広島から服部法紹先生には新幹線ではなく自家用車で来福してくださいました。法話は初日の3座(午前・午後・夜)と翌日の午前とし、ほかの席はお勤めのみの形をとりました。

そしてお斎(おとき 法要の際の食事のこと)は三日間とも無し。本堂の密を避け、かなり椅子席の間隔をあけ多分座れる数が少なくなるので門徒会館にサテライト会場を設け、本堂の様子(法話も)プロジェクターの大画面でお参り・お聴聞できる体制を作りました。

結果的にはサテライト会場を使うことはないくらいの丁度の数の参詣人数でした。

昨年就任された新総代様たちが自分たちで連絡を取り合われてでしょうか、最前列の席にお参り下さっている姿がありがたかったです。

画像に含まれている可能性があるもの:画面、室内

 

写真の説明はありません。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記, 行事 | コメントする

永代経法要準備

本日も永代経に向けての準備。椅子は密を避けて。帳場と講師の先生の前にビニールのスクリーン設置。

講師の前のビニールスクリーンが少したるんで多少講師の顔が見えにくかったのが反省点。

サテライトとして準備した会館の大広間のスクリーン・音声共にまあまあ。

夕刻、講師の先生が広島から到着。なるべく人との接触をしないで済むよう、車で福井まで来ていただいた。(感謝)

講師のご尊父も中堅の布教使さん。千福寺へも何度もご縁を頂いてきたが、この3か月以上、全く布教の場が断たれていたそうだ。

今回が講師にとって布教解禁ともいうべき、最初のご縁の場になるそうだ。

精一杯のお取次ぎをして下さる事でしょう。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

永代経準備

このたびの新型コロナ感染拡大の問題によって様々な分野・立場で困難に直面させられている。

お寺もその一つであるが、年間の大事な法要に一つに永代経法要がある。すでに中止を決められたお寺や、縮小(例えば法話なし)などの工夫をしたうえで勤められるお寺など、様々な情報が流れてくる。

千福寺としては、縮小してはかえって密を増進することにもなりうるということで、法座の席数は減らさず、感染対策を施して実施することにした。

その一つが本堂の席の感覚を空け、もしそれ以上の方の参詣があった時のことを考慮して門徒会館をサテライト会場として法話のお聴聞ができるようにカメラ・スピーカー・プロジェクターなど設置し本堂の映像・音声をLANで配信することにした。

数日前からその準備に取り掛かってきたが本日やっと満足できる程度の映像と音声を送り再生することができた。

その他、帳場(うけつけ)そして講師と弔問の方々との間にかなり広い幅の飛沫防止拡散のビニール製仕切りを設置した。

お参りが多かったらどうしようと頭を悩ます時代が来るとは皮肉なものだ。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

「七日間ブックカバーチャレンジ」 最終日

梯實圓著(かけはし じつえん)
  『花と詩と念仏』

梯實圓先生のこの本を是非紹介させて頂きたく、『白道をゆく』に重なりますが敢えて挙げた次第です。宗教家はギリギリのところでは言葉で勝負ですと先生の口から確かにお聞きしました。未だにこの重さに圧倒されたじろいでいる自分がいます。人の心に届く言葉を紡ぎ出す営みは、私に詩人たれと迫ってきます。

この本の中で梯先生の恩師、山本仏骨先生について述べておられる個所がありますが、折しも山本先生は新型コロナ禍の現在、しばしば語られる100年前のスペイン風邪で家族を全て失われました。幼少期の艱難辛苦は筆舌に尽くしがたいものがあったものの行信教校で学ばれた後、龍谷大学教授となられました。
梯先生の山本先生との出合い、受けられた薫陶、そうしたことどもが恩師への限りなく深いご恩を噛みしめるように綴られた味わい深い文章となって結実しました。
コロナ禍を単に災いとのみ受け流すのではなく、この困難から何を受け止めるか、そのことがつきつけられているのではないでしょうか?

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記, 本紹介 | コメントする

「七日間カバーチャレンジ 六日目」

小林秀雄 『Xへの手紙』

紹介するのが少し気恥ずかしいのだが、その理由ははっきりしている。誰もが難解という小林秀雄の文章だからだ。お前さん、読んだはいいが解ったのと聞かれたらゴメンナサイと頭を下げてスタコラ逃げ出すより手はない。しかしその文体に名状し難い引きつけるものを感じて結局、後年全集を買った。読んだ時は文庫本。

「女は俺の成熟する場所だった。書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行かうとした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた。と言っても何も人よりましな恋愛をしたとは思っていない。」

中原中也の愛人を横取りし、同棲。その相手との修羅場などなど小林秀雄研究者か調べたエピソードなど事欠かないが、そんなことはどうでもいい。分かろうが分かるまいが、兎に角小林秀雄の文体に自分は惚れ込んだのだった。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記, 本紹介 | コメントする